くらやみでんしゃ





2025-09-26 15:30:59
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 電車の規則的な揺れと音が寝ぼけた頭で知覚し、それでも目を開けるのが億劫で男は目を閉じていた。
 やってしまった、と覚醒に向かう体と脳に抵抗をしつつ、それでも置かれた状況について考えようと思考は回り始めていた。

 瞬きを数度して目を開けると、付いていると思っていた電気は消え、非常灯だけがぼんやり光っていた。辺りに人の気配無く真っ暗な中を電車は走り続けていた。
「……あ?」
 思わず声が漏れた男は、慌てて立ち上がった。車両基地にでも入ってしまったら面倒だと端から端へと視線を向け、ようやっと薄暗い中にぼんやり明るい何かがいるのに気付いた。
 ――人、いたのか
 後ろにあるボックス席の一つに、誰かが座っていた。銀色の、髪の毛が暗い中でもうっすらと存在を主張していた。
 ――そうすると、これは車両基地に向かっているわけではないのか?
 男は真っ暗な窓の方に目を向け、トンネルにしては長くないかと眉をひそめた。
「もし、そちらの」
 そんなに大きくは無いがよく通る声で、ボックス席に座っていた何者かが男に声をかけた。
 声はテノールと言うべきか、青年のような高めの男性の声だった。どうやら相手も自分と同じような感じなのかと、わずかにほっとした気持ちで男はボックス席の方へと近づいた。
「ああ、あのこの電車今……」
「まあ、どうぞこちらに。まだかかりますから」
「え、まだ駅に着かないんですか」
 男の記憶では、目を開ける前からかなり長い時間電車は走っていたはずである。これでは県をまたいでしまっているだろう。途方に暮れる男に、
「目的地に着くかはお客様次第ですねぇ」
「お客」
 二人以外に乗客は見当たらず、自分達だろうかと視線を向けると、座っていた男は顔を上げた。
 色素の薄そうな目の色に、どうやら別の国から来たように見えた。上等なスーツに、傷のない革靴で狭いボックス席に器用に足を納めている。
「ええ、少し特殊なんですよ。この列車は。ああ、僕はアズールと言います。そちらにいるのがジェイドとフロイドです」
「そちら……」
「はい」
 アズールと名乗った男は漠然と車内の虚空を手で指し示したが、当然そこには二人しかいない。男がどういうことかと聞こうとすると、アズールはもう一度椅子を指し示した。
「まあ座ってください。あなたは運が良い。僕達がいるときにこの列車に乗れたのだから」
「はあ」
 にこやかに微笑んだアズールの背後に、何かが見えた気がしたが、男はそれが何か分からなかった。
 そもそも、目を開けてからの出来事についても何も分かってはいないが。

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